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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>教育問題の参考書</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/" /><modified>2007-03-26T06:05:42+09:00</modified><tagline>ヤンキー、ひきこもり、オタク、ギャル。
定時制高校という特別な環境の中で巻き起こる事件、事故、出会いと別れ。
綺麗に彩られただけの言葉や態度は簡単にはがされてしまう待ったなしの真剣勝負。
そこ感じる生徒達の本当の姿には、現代社会の縮図が描かれている。</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>歯車</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=629541" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=629541</id><issued>2007-03-26T06:05:41+09:00</issued><modified>2007-03-25T21:05:41Z</modified><created>2007-03-25T21:05:41Z</created><summary>いつもよりも一本早いバスに乗った。でも行き先はいつもとは違う。


いにしえの詩には、あらたなる人生へ出発を期待と不安とが交錯する気持ちが描かれている。１０年ほど前に、故郷をたち、この地に来たとき、正にそんな心境だった。

少しばかり歳をとり、感度が鈍ってきたの...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>モブログ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[いつもよりも一本早いバスに乗った。でも行き先はいつもとは違う。<br />
<br />
<br />
いにしえの詩には、あらたなる人生へ出発を期待と不安とが交錯する気持ちが描かれている。１０年ほど前に、故郷をたち、この地に来たとき、正にそんな心境だった。<br />
<br />
少しばかり歳をとり、感度が鈍ってきたのだろうか。むしろ平穏なくらいだ。周囲の方々のほうがむしろ気を使ってくださり、期待やら不安やら。<br />
<br />
よくこういった表現がある。会社の歯車であると。そういう見方からすると自分の行動は、そこから逃げ出したとか、うまくやったとかという風にもとらえられるかもしれない。<br />
<br />
でもしかし、自分が選んだ道はまた別の社会の歯車として生きるということを積極的に選んだともいえる。どれが欠けてもダメで配列が違っていてもいけない。あるのは適材適所のみ。<br />
<br />
<br />
小さくともハガネのように強く、全体へしっかりと噛み合う、大きな世界を動かす歯車になろう。<br />
]]></content></entry><entry><title>大事なこと</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=600515" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=600515</id><issued>2007-01-03T06:26:23+09:00</issued><modified>2007-01-02T21:26:23Z</modified><created>2007-01-02T21:26:23Z</created><summary>
トーマスエジソンは教育について
「大事なことは、ものが作られているところをみることである」
と言っている。

エジソンは発明王として知られるが、小学校入学後、すぐに中退。
その後は母親からの家庭教育と自らの独学によって独創が開花されていった。

教育者としていつも私...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>教育・学校・教師の話</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<br />
トーマスエジソンは教育について<br />
「大事なことは、ものが作られているところをみることである」<br />
と言っている。<br />
<br />
エジソンは発明王として知られるが、小学校入学後、すぐに中退。<br />
その後は母親からの家庭教育と自らの独学によって独創が開花されていった。<br />
<br />
教育者としていつも私は自らを問いかけるものは<br />
「学校とは何か？」ということである。<br />
その結論は学問を学ぶところである。<br />
<br />
では、教育とは？<br />
それは人が、人格が形成されていく躍動的なプロセスだと。<br />
<br />
<br />
<br />
学校は、教育という営みと目的を達成できる唯一の機関なのであろうか？<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>入塾趣意書</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=584427" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=584427</id><issued>2006-11-26T19:18:36+09:00</issued><modified>2006-11-26T10:18:36Z</modified><created>2006-11-26T10:18:36Z</created><summary>「教育」とは人々の願いであり、その総称であると私は考える。
親の願い、地域の願い、子ども自身の未来への願いのことである。

その願いを達成するために
専門機関として学校があり、専門家として教師がいる。
国と地方自治体は、
80万人の教職員、17兆円の税金を投入し、これ...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>松下政経塾</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[「教育」とは人々の願いであり、その総称であると私は考える。<br />
親の願い、地域の願い、子ども自身の未来への願いのことである。<br />
<br />
その願いを達成するために<br />
専門機関として学校があり、専門家として教師がいる。<br />
国と地方自治体は、<br />
80万人の教職員、17兆円の税金を投入し、これを支援している。<br />
<br />
<br />
<br />
しかし、度重なる教育改革は成功せず、学力低下、ニート、凶悪犯罪<br />
など青少年を取り巻く問題はむしろ悪化している。<br />
<br />
なぜなら、子供の発達や人間の在り方を無視し、<br />
特定の主義主張にとらわれた教育がなされ続けているからである。<br />
<br />
それにより、教育をはじめ社会全体が、子どもたちの自立のための支援を怠り、<br />
一人前の大人として成長する機会を先延ばしにしてしまっている。<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>茶を服するように〜『人間を考える』を読んで〜</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=583198" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=583198</id><issued>2006-11-23T18:48:56+09:00</issued><modified>2006-11-23T09:48:57Z</modified><created>2006-11-23T09:48:56Z</created><summary>はっきりとした明確な自覚。
それを持つことがいかに大切かということを痛切に感じさせられた二書だった。
（※第二巻は廃版）

新しい人間観を端的に表した言葉として挙げられるのは「王者」という
言葉だろう。本書の感想を寄与くださった方々の中にも一部
「王者とはいささか...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>松下幸之助</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[はっきりとした明確な自覚。<br />
それを持つことがいかに大切かということを痛切に感じさせられた二書だった。<br />
（※第二巻は廃版）<br />
<br />
新しい人間観を端的に表した言葉として挙げられるのは「王者」という<br />
言葉だろう。本書の感想を寄与くださった方々の中にも一部<br />
「王者とはいささか過大な人間観ではなかろうか」という感想も見られた。<br />
<br />
私もそういう感想を持っていた。<br />
しかし、それは第二巻の日本人について考察されているものを読んでから<br />
考えを改めた。<br />
傲慢でもなんでもなく、歴史的事実であり、日本民族共通の人間観であった<br />
のだと。<br />
<br />
それにとどまらず、その視点は新しい人間観、国家民族、<br />
はたまた政治・経営の理念を考えていく上で必要不可欠な部分ではなかろうか。<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>未履修問題に思うこと</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=574028" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=574028</id><issued>2006-11-11T12:55:45+09:00</issued><modified>2006-11-11T03:55:46Z</modified><created>2006-11-11T03:55:45Z</created><summary>今回、騒がれている未履修問題とは、
そもそも文部科学省が定めた学習指導要領といういわば「教科書の教科書」
ともいえるものに定められていることをごっそり教えなかったということである。



問題はいくつかある。
教えなかったことのマイナス面。
教えなかった背景にあるもの...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>教育政策</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今回、騒がれている未履修問題とは、<br />
そもそも文部科学省が定めた学習指導要領といういわば「教科書の教科書」<br />
ともいえるものに定められていることをごっそり教えなかったということである。<br />
<br />
<br />
<br />
問題はいくつかある。<br />
教えなかったことのマイナス面。<br />
教えなかった背景にあるもの。そして組織的に隠蔽され続けていたこと。<br />
その中で、組織的問題点について触れてみたい。]]></content></entry><entry><title>新たなる挑戦</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=567068" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=567068</id><issued>2006-10-29T22:01:01+09:00</issued><modified>2006-10-29T13:01:01Z</modified><created>2006-10-29T13:01:01Z</created><summary>講師時代を合わせると１３年。
その教職にピリオドを打つことに決めました。

来春、現職を退き、新たなる目標に向かって歩みます。
「学校を作りたい」という夢に向かって。


</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>個人的な話</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[講師時代を合わせると１３年。<br />
その教職にピリオドを打つことに決めました。<br />
<br />
来春、現職を退き、新たなる目標に向かって歩みます。<br />
「学校を作りたい」という夢に向かって。<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>中間テストの結果</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=547815" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=547815</id><issued>2006-09-19T19:59:09+09:00</issued><modified>2006-09-19T10:59:10Z</modified><created>2006-09-19T10:59:09Z</created><summary>三時に進む</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>個人的な話</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[三時に進む]]></content></entry><entry><title>この一年</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=545707" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=545707</id><issued>2006-09-16T07:05:31+09:00</issued><modified>2006-09-15T22:05:31Z</modified><created>2006-09-15T22:05:31Z</created><summary>振り返ってみると、この一年。

スーツを毎日着るようになったこと。
早寝早起きをするようになったこと。
生け花をするようになったことが自分のなかでの変化である。

俵万智さんのサラダ記念日の意味を当時は
「女の子ってなんでも特別な日にしてしまうんだよな。忘れっぽい男...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>モブログ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[振り返ってみると、この一年。<br />
<br />
スーツを毎日着るようになったこと。<br />
早寝早起きをするようになったこと。<br />
生け花をするようになったことが自分のなかでの変化である。<br />
<br />
俵万智さんのサラダ記念日の意味を当時は<br />
「女の子ってなんでも特別な日にしてしまうんだよな。忘れっぽい男という人種にとってそれはキツいんだよな…」<br />
なんて思ってみたりしていた。<br />
<br />
でも、やはり男にも特別な時がある。<br />
でもきっとそれは別種からみればたわいのないある日の出来事にしか映らないかもしれない。<br />
語り、表現することの得意でない人種は、ひっそりと大きな運命を孤独に耐え抜いていることでしょう。<br />
<br />
今日も旭が美しく射していた。<br />
]]></content></entry><entry><title>再生産</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=526622" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=526622</id><issued>2006-08-08T20:24:18+09:00</issued><modified>2006-08-08T11:24:18Z</modified><created>2006-08-08T11:24:18Z</created><summary>&gt; 「競うよりもまず、自分たちの文化が育んできた
&gt; 「成熟」を目指すべきだと私は考えています」
&gt; という考えから脱却できない限り、真の生存本能が目覚めることはないでしょう。

と言うコメントをいただきました。

だとすれば、成熟を目指して教育活動を営んでいる私の営み...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>教育政策</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[> 「競うよりもまず、自分たちの文化が育んできた<br />
> 「成熟」を目指すべきだと私は考えています」<br />
> という考えから脱却できない限り、真の生存本能が目覚めることはないでしょう。<br />
<br />
と言うコメントをいただきました。<br />
<br />
だとすれば、成熟を目指して教育活動を営んでいる私の営みは<br />
真の生存本能を眠らせてしまっている日本人の再生産の一助を<br />
しているということになろうかと思われます。<br />
<br />
ご指摘が正しいのであれば、公金により公の場で教授する立場にある私は<br />
国家に重大な損失を与えている存在であるということが言えるでしょう。<br />
<br />
もしそうであるならば、この言葉を甘んじて受け止め、改善もしくは<br />
離職することがこの国のためになると思われます。<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>愚かなるを省みる</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=522771" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=522771</id><issued>2006-08-01T19:22:48+09:00</issued><modified>2006-08-01T11:33:57Z</modified><created>2006-08-01T10:22:48Z</created><summary>もし、

我に善行あれどもそれを知らず、

ただ愚かなることのみを省み、

ゆっくりと勤め続けていきたい。
</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>モブログ</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[もし、<br />
<br />
我に善行あれどもそれを知らず、<br />
<br />
ただ愚かなることのみを省み、<br />
<br />
ゆっくりと勤め続けていきたい。<br />
]]></content></entry><entry><title>国際標準</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=521535" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=521535</id><issued>2006-07-30T10:05:55+09:00</issued><modified>2006-07-30T01:05:55Z</modified><created>2006-07-30T01:05:55Z</created><summary>&gt; shojiさんは私の考えを十分分かって頂いたと思います。
&gt; 一言で言えば「国際標準を超えなくてはならない。
&gt; しかし、国際標準に満足してはならない」ではないでしょうか。
&gt; 日本は国際標準に達していません。はるかに遅れています。
&gt; それなのに、国際標準に不満を言う...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>教育政策</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[> shojiさんは私の考えを十分分かって頂いたと思います。<br />
> 一言で言えば「国際標準を超えなくてはならない。<br />
> しかし、国際標準に満足してはならない」ではないでしょうか。<br />
> 日本は国際標準に達していません。はるかに遅れています。<br />
> それなのに、国際標準に不満を言うことはできません。<br />
> 国際標準に達して、始めて国際標準に異を唱える資格を得るのだと思います。<br />
<br />
バブル絶頂期の頃、父は高校生だった私に<br />
「これからはもっと日本は発展していかなあかん。<br />
今以上に高いものが求められるねん」<br />
と語っていました。<br />
<br />
そのときに沸いていた違和感を、20年近く経とうとする今、<br />
知足さんとのやりとりで、やっと言葉にすることができそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
そのときの違和感とは、これからの日本（私たちの世代）では、<br />
それは難しいということ。<br />
「団魂ジュニア」世代の私たちは、最も過酷な受験戦争に巻き込まれていました。<br />
一方で、「ゆとり教育」が叫ばれていた教育路線は薄い教科書以上に、<br />
「我々意識」とか「次は自分たちの番だ」といったような気概といいますか、<br />
求められている要求が自分たちに対するものだと感じ取ることが<br />
全くできなかったのでした。<br />
<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>花を咲かせる</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=517584" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=517584</id><issued>2006-07-22T14:17:06+09:00</issued><modified>2006-07-22T05:17:07Z</modified><created>2006-07-22T05:17:06Z</created><summary>知足さん。ご丁寧にきちんとコメントを付けてくださったこと
感謝申し上げると共に、その返事が遅くなってしまったことを
深くお詫び申し上げます。

さて、
&gt; まず「主張される言葉一つ一つに歴史を感じ、重みを感じざるを得ません」
&gt; 「私たちの世代の忘れ物。それは、親世代...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>教育政策</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[知足さん。ご丁寧にきちんとコメントを付けてくださったこと<br />
感謝申し上げると共に、その返事が遅くなってしまったことを<br />
深くお詫び申し上げます。<br />
<br />
さて、<br />
> まず「主張される言葉一つ一つに歴史を感じ、重みを感じざるを得ません」<br />
> 「私たちの世代の忘れ物。それは、親世代から学ぼうとしなかったことで<br />
> はないでしょうか」という謙虚な姿勢に好感を持った。<br />
<br />
「謙虚」などという、お言葉をいただけるとは思っても見ませんでした。<br />
ありがとうございます。<br />
<br />
しかし、日本が謳歌した80年代に青春時代を送ってきた私たちはどこかに<br />
「自分たちにしかわからないもの」という虚像に未だにしがみつき、<br />
未だに何かから学ぼうとしなかったのだと思うのです。<br />
<br />
父と話すとき、知足さんが主張されている、日本の馴れ合い体質への批判。<br />
合理的、競争的思考と実行の必要性。次世代への歯がゆさ。<br />
こういったものがいつも感じられるのです。<br />
<br />
父や知足さんの思想の根源は、「戦後」日本を生き抜いてきた人間としての<br />
事実としての時代観なのではないか？<br />
そして、そこには何かしらの真理が潜んでいるのではないだろうか？<br />
と感じたのです。<br />
<br />
ところが私の場合、30年余りで「これだ」と掴み取ったものは、<br />
まるで正反対という感じがしています。<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>競争環境の意義とは（９）〜教育とはサービスではなく資源〜</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=514831" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=514831</id><issued>2006-07-16T22:26:40+09:00</issued><modified>2006-07-16T13:26:40Z</modified><created>2006-07-16T13:26:40Z</created><summary>今の子どもたちは幼い頃から消費に曝されています。
テレビ、ゲーム、おもちゃなど。
さらに過保護が合間って、「成熟していない大人」が量産されています。

「今の若者が変だ」という主張が各方面からなされていますが、
その変化は「幼い」というのが大方の共通認識です。

そ...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>教育政策</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[今の子どもたちは幼い頃から消費に曝されています。<br />
テレビ、ゲーム、おもちゃなど。<br />
さらに過保護が合間って、「成熟していない大人」が量産されています。<br />
<br />
「今の若者が変だ」という主張が各方面からなされていますが、<br />
その変化は「幼い」というのが大方の共通認識です。<br />
<br />
それをわけのわからない学者などが、分析し、自説の正当性を説き、<br />
それを生業にしてしまう。<br />
<br />
それが過保護を助長させ、おかしな若者を量産してしまっているのでは<br />
ないでしょうか？<br />
<br />
]]></content></entry><entry><title>競争環境の意義とは（８）〜生存競争から学ぶ〜</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=514830" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=514830</id><issued>2006-07-16T22:24:53+09:00</issued><modified>2006-07-16T13:24:53Z</modified><created>2006-07-16T13:24:53Z</created><summary>生きるということはどういうことか？
国が繁栄していくということはどういうことか？

それは自由と協調、創造が開けているという可能性がある社会だと
私は考えています。



合理的であるとかそういうこととは余り関係ないと思います。
合理性は常に淘汰され、1000年2000年残って...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>教育政策</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[生きるということはどういうことか？<br />
国が繁栄していくということはどういうことか？<br />
<br />
それは自由と協調、創造が開けているという可能性がある社会だと<br />
私は考えています。<br />
<br />
<br />
<br />
合理的であるとかそういうこととは余り関係ないと思います。<br />
合理性は常に淘汰され、1000年2000年残っているものの中に普遍的な<br />
合理性に近いものがあると思われるのです。<br />
<br />
中国には4000年の、わが国には1000年以上積み上げてきた合理性が存在します。<br />
アメリカはせいぜい200年くらいでしょうか？]]></content></entry><entry><title>競争環境の意義とは（７）〜わが国の教育環境の合理性とは〜</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.edu-revo.net/?eid=514829" /><id>http://blog.edu-revo.net/?eid=514829</id><issued>2006-07-16T22:23:34+09:00</issued><modified>2006-07-16T13:23:35Z</modified><created>2006-07-16T13:23:34Z</created><summary>では、わが国の教育の合理性とは一体どういうものでしょうか？
歴史的、環境的に見ることが必要です。

公教育制度が導入された明治5年。
それ以前の江戸時代には、すでに藩校、私塾、寺子屋が多数存在し、
識字率が50％を超えていたといいます。

国家的システムが整備しようと...</summary><author><name>shoji</name></author><dc:subject>教育政策</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[では、わが国の教育の合理性とは一体どういうものでしょうか？<br />
歴史的、環境的に見ることが必要です。<br />
<br />
公教育制度が導入された明治5年。<br />
それ以前の江戸時代には、すでに藩校、私塾、寺子屋が多数存在し、<br />
識字率が50％を超えていたといいます。<br />
<br />
国家的システムが整備しようとしている国でさえ、この数字が困難な<br />
国々が現在でも存在する中で、国家的システムが存在する以前に<br />
この数字は驚異的です。<br />
<br />
<br />
]]></content></entry></feed>